「会社が倒れたら、社長も一緒に破産するしかない」。
これは多くの中小企業経営者が、半ば当然のこととして受け止めている現実です。実際、会社の資金調達の場面では、経営者個人が連帯保証人となることが長く慣行として続いてきました。その結果、会社の経営が行き詰まると、法人の破産に加えて、経営者個人も破産せざるを得ないというケースが後を絶ちません。
しかし近年、この「会社の借金=社長の借金」という前提を見直そうとする動きが、制度として形になりつつあります。その一つが、「経営者保証の非提供を事業者が選択できる信用保証制度」です。
今回のコラムでは、まず経営者保証がなぜ問題とされてきたのかを整理したうえで、この制度がどのような意味を持つのかを、できるだけ平易な言葉でご説明します。
なぜ中小企業では経営者保証が当たり前だったのか
中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者個人が連帯保証人になることは、長年「当然」のように扱われてきました。会社の財務基盤が必ずしも強固ではなく、十分な担保も用意できない場合、金融機関としては、経営者個人の保証によってリスクを補完するという考え方を取らざるを得なかったからです。
経営者自身も、「保証をしなければ融資は受けられない」「会社を守るためには仕方がない」と考え、深く疑問を持たないまま保証契約に署名してきたケースが多いでしょう。創業時や事業拡大期には、将来のリスクを具体的に想像する余裕もなく、目の前の資金繰りを優先せざるを得ないのが現実です。
こうして、経営者保証は中小企業金融の前提条件のように定着していきました。
経営者保証がもたらす深刻な問題
問題は、会社の経営がうまくいかなかったときに一気に表面化します。業績悪化や取引先の倒産、社会情勢の変化など、経営者の努力だけではどうにもならない事情で会社が立ち行かなくなることは、決して珍しいことではありません。
それでも経営者保証が付いている場合、法人の破産だけでは終わりません。会社の借入金について、経営者個人が全額の返済義務を負うため、結果として個人破産に至るケースがほとんどです。自宅や個人資産を失い、場合によっては家族の生活にも大きな影響が及びます。
さらに、経営者保証があることで、「失敗できない」という過度なプレッシャーを抱え込み、適切なタイミングで事業の立て直しや撤退を判断できなくなることもあります。結果として、傷口を広げてしまい、より深刻な破綻に至るケースも少なくありません。
経営者保証に対する考え方は変わりつつある
こうした状況を受け、国も「経営者が無限責任を負うことが当たり前」という構造を見直す必要性を認識するようになりました。その象徴的な動きの一つが、「経営者保証に関するガイドライン」の策定です。
このガイドラインでは、一定の条件を満たす場合には、経営者保証に依存しない融資や、保証債務の整理を柔軟に行うことが示されています。もっとも、ガイドライン自体は法的な強制力を持つものではなく、すべてのケースで自動的に適用されるわけではありません。
そこで、より実務的な制度として整備されたのが、「経営者保証の非提供を事業者が選択できる信用保証制度」です。
「経営者保証の非提供を事業者が選択できる信用保証制度」とは
この制度は、信用保証協会による保証付き融資において、一定の要件を満たす中小企業が、経営者個人の保証を付けない形で融資を受けられる仕組みです。従来は、信用保証付き融資であっても、経営者保証が求められるケースが一般的でしたが、この制度により、事業者側が「保証を付けない」という選択をする余地が生まれました。
制度の背景には、経営者保証が起業意欲や再チャレンジを阻害しているという問題意識があります。会社の失敗が即、個人の人生の破綻につながる構造では、健全なリスクテイクが難しくなるからです。
この制度は、「保証を付けない代わりに、企業としての財務管理や情報開示をより適切に行うこと」を前提としています。経営の透明性を高めることで、金融機関が事業の実態を評価し、経営者個人の保証に頼らない融資を可能にしようという考え方です。
さらに、この制度の特徴として見逃せないのが、経営者保証を付けないことによる事業者の負担増を、国が一定程度緩和している点です。
一般に、経営者保証を付けない融資では、信用リスクが高まる分、保証料率が上乗せされる仕組みになっています。しかし、「経営者保証の非提供を事業者が選択できる信用保証制度」では、その追加的な保証料の一部について、国が補助する措置が設けられています。
これは、単に「保証を外せる」という制度にとどまらず、経営者が個人保証をしないという選択を、国が制度として後押ししていることを意味します。経営者保証を付けないことによるコスト面の不安を軽減し、より多くの中小企業がこの選択肢を現実的に検討できるようにするための仕組みだといえるでしょう。
参考:北海道ホームページ
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/csk/kny/yuushi/190313.html
どのような事業者が利用できるのか
もっとも、この制度はすべての中小企業が無条件で利用できるわけではありません。一定の財務基準や、適切な会計処理、情報開示体制が求められます。これは、制度を悪用した安易な借入を防ぐためでもあります。
言い換えれば、日頃から経営管理を丁寧に行い、数字に基づいた説明ができる企業ほど、制度を活用しやすいということになります。逆に、経営状況が不透明なままでは、制度のメリットを十分に享受することは難しいでしょう。
知っているかどうかで将来は大きく変わる
この制度の最も重要な点は、「知っているかどうか」で、経営者の将来が大きく変わり得るということです。融資を受ける段階でこの選択肢を知らなければ、従来どおり経営者保証を付ける契約を結んでしまう可能性があります。
一方で、制度を理解したうえで金融機関と交渉すれば、「会社の借金が、そのまま個人の破綻につながる」という最悪の事態を避けられる可能性が広がります。これは、経営者本人だけでなく、家族を守ることにもつながります。
それでも経営者保証が問題になる場合
すでに経営者保証をしている方にとっては、「今さら知っても遅い」と感じられるかもしれません。確かに、この制度は主に新たな融資を受ける場面での選択肢です。しかし、経営が苦しくなった段階でも、経営者保証の整理や、法人・個人の債務整理について、取り得る選択肢は一つではありません。
場合によっては、法人破産や個人破産を含めた法的整理が、最も合理的で、再出発への近道となることもあります。重要なのは、状況が悪化しきる前に、正確な情報を得て、適切な判断をすることです。
おわりに
「会社の借金=社長の借金」という構造は、長年当たり前とされてきました。しかし、その前提は少しずつ変わり始めています。「経営者保証の非提供を事業者が選択できる信用保証制度」は、その象徴的な制度の一つです。
この制度を知ることは、経営者自身の人生を守るための第一歩でもあります。そして、もし経営が行き詰まり、破産という選択肢が現実味を帯びてきたとしても、そこに至るまでの判断や準備次第で、結果は大きく変わります。早めに専門家へ相談し、冷静に選択肢を整理することが、何よりも重要です。
経営者保証や借入の問題は、誰にも相談できないまま一人で抱え込まれがちです。しかし、選択肢を知らないまま時間だけが過ぎてしまうと、取り得る手段は少しずつ限られていきます。破産や再生は、決して「失敗の烙印」ではなく、状況を整理し、次の一歩を踏み出すための制度です。当事務所では、中小企業の破産・再生案件に数多く携わってきた経験をもとに、現在の状況に応じた最適な選択肢をご提案しています。まずは無料相談で、今の悩みをそのままお聞かせください。